行動(スリップ)によるヒューマンエラーの種類

認知・判断が正しくても、誤った行動を取ってしまう場合です。その中でスリップとは、Aをしようと思っていたのに、Bをしてしまうことです。
 
このスリップによるヒューマンエラーが発生する要因と対策を以下の表にまとめました。

内容 対策
1.習慣化した動作  指差し呼称
2.やりにくさ  けがきなど案内追加
3.大事なことを優先  工程順の見直し
4.責任の分散  チェックリスト読み合せ
5.項目多すぎ  チェックリスト読み合せ
6.似ていた  外観の違いを大きく
7.心離れ  注意喚起
8.集中力の低下  わざと手間を取らせる

 

以下に事例と対策を具体的に紹介します。

 

1.習慣化した動作

同じ動作を繰り返し行っていると身体が覚えてしまい、違う場面でも無意識にそれをやってしまう事があります。

 

  • 事例 スリップの例

一日中会社で多数の電話を受けていると、家でもつい「はい、○×商事です。」と名乗ってしまう。
 
休日に一日中仲間とポーカーをやっていたら、翌日仕事で製品を数える時に、1,2…10,Jack,Queen,Kingと数えていた。
 
習熟することで習慣化
人は習熟のために長時間にわたって反復して行為を行います。最初は各々の行為やそれに関するルールを意識して行っています。行為自体はぎこちなくても、その行為は意識下でコントロールされています。そのため、失敗してもすぐに気がつきます。

それが習熟するにつれ、一連の行為は無意識にできるようになります。そして、ムリ、ムダ、ムラなくできるようになり、ルールは意識しなくなります。それまでのようなミスはほとんど起きません。

ところが熟練したことで起きるミスがあります。それは、何らかの理由で作業変更があったときです。いつもと違うことをしなければならない時に、つい、いつも通りにやってしまいます。熟練すると、ほとんど注意なしに身体が自動的に動きます。

そのため、途中に多くの注意を必要とするような慣れない作業を入れるのは、大変難しいのです。

ためしABCのSとTだけ順序を逆にして、AからZまで早口で言ってみてください。

家でもついうっかりと
図1  家でもついうっかりと
 

  • 事例 指差呼称

ウッカリの許されない鉄道では、完全に覚えている手順でも指差呼称を行っています。列車の運転では、運転士は運行表の項目をひとつひとつ声を出して指差呼称を行っています。
列車での指差呼称
図2 列車での指差呼称
 
対策 工程リストを指差呼称
作業台に機種毎の工程リストを掛けておき、機種変更により作業工程が変わった際に指差呼称を行ない確認します。

指差呼称は、ウッカリミスを発見する良い方法ですが、部下に指示をしても恥ずかしがってなかなか実施されません。この場合は管理者が率先して行ない、お手本を見せます。

現場での指差呼称
図3 現場での指差呼称
 

2.やりにくさ

少々やりにくい作業でも、ベテラン作業者は文句を言わずに作業します。しかしやりにくい作業を技量でカバーしているとミスが発生する確率が高くなります。

実際に不良が発生したため調査すると、難しい作業を技量でカバーしていたことがありました。あるいは複雑で注意力を要する作業を作業者の努力でカバーしている場合もあります。

この場合作業者の注意力が途切れるとミスが発生してしまいます。

 
対策 誰にでもできる作業に
普段ミスなくできている作業も、よりやりやすくすることでベテランでも犯すミスを減らすことができます。ところが最初はやりにくいと思っていたことが、作業に慣れてしまうとやりにくさに気がつかなくなってしまいます。
 
そこで一番良い機会は新人の教育です。新人がすぐに習得できなかったり、ミスを犯した作業は作業自体に問題がある可能性があります。
「まだ慣れていないから仕方がない」
「この新人は未熟、自分ならちゃんとできる」
と考えずに、
「新人が楽に作業できるようにするには、どうしたら良いか」
という視点で積極的に改善します。その結果自分たちベテラン作業者も、ミスを減らすことができます。
 

  • 事例1 溶接ビードの位置・大きさをケガキした会社

材料をレーザーで切断する際に、部品の取付位置・溶接ビードの位置・大きさを全てレーザーでケガキしてから製作している会社があります。この会社の製品は溶接ビード忘れ、長さ不足、溶接ビードのはみ出しなどの不良がありませんでした。
溶接ビード位置を予めケガキ
図4 溶接ビード位置を予めケガキ
 

  • 事例2 知的障害者でも作業ができるように工夫

重りを表示だけでなく、色で区別し知的障害者でも作業できるように工夫した結果、健常者もミスがなくなりました。材料の重量を量る際に、製品毎に色分けした重りを用意し、目盛りを読まなくても作業ができるようにしました。

色分けして誰でもわかりやすく
図5 色分けして誰でもわかりやすく

 

3.大事なことを優先

最も重要なことが済むと、「仕事が終わった」という達成感で、他のことを忘れてしまいます。

  • 事例1 ATMの現金引出し

ATMでは、現金を引き出す際に、カードを取ってからお金を受け取ります。これは、お金を先に受け取ると、「お金を引き出す作業は終わった」と思い、意識がお金に向いてしまい、多くの人がカードを忘れてしまうからです。
ATMにお金を忘れないように
図6 ATMにお金を忘れないように
 

  • 事例2 空港の出発

飛行機が出発する時、地上の係員は手を振って見送りします。
これは乗客に好印象を持ってもらうだけでなく、彼らの仕事が終わったという意味があります。効率からみれば、各自作業が終わった段階で移動してかまわないのですが、そうすると最後の手順が抜けやすくなります。「全員で一列になって飛行機を見送ってやっと終了」と達成感を保留して、緊張を持続させています。
 
対策 わかりやすい工程を最後に
これを応用しわかりやすい工程を最後にすれば工程飛ばしを減らすことができます。
タップを最後にすると忘れても違いになかなか気がつきません。

最後の工程がわかりにくいと
図7 最後の工程がわかりにくいと
 

そこで結果の違いがはっきりわかる曲げ工程を最後にします。

最後の工程をわかりやすく
図8 最後の工程をわかりやすく

曲げを忘れれば、すぐに気がつきます。

実際には設備の制約かできない場合もありますが、できる限り大きく変化する工程を最後にすれば、最後の工程を忘れていることに気がつきやすくなります。

 

4.責任の分散

作業を分担すると責任感も分散され、その結果注意力が低下し、ミスが生じやすくなります。

例えば検査をしたのにもかかわらず不良が流出した場合、再発防止のためにダブルチェックを行うことがあります。ところが他の人がチェックするからという甘えが生じかえって見落としが発生しやすくなります。これは「あの人が確認したのなら間違いない」と自分自身の確認をおろそかにしてしまうためで、「社会的手抜き」とも呼ばれています。
ダブルチェックの危険
図9 ダブルチェックの危険
 
対策 ダブルチェックより読み合せ
2人が作業する場合ダブルチェックより、読み合わせの方が効果的です。
一人が読みあげることに、もう一人がチェックすることに責任を持つことで確実にチェックします。
読み合せ
図10 読み合せ
 

5.項目多すぎ

一人でチェックする場合、チェックシートは1枚、チェック項目は10項目が限度であり、それを超えるとチェックシートがあっても、チェック漏れの確率が高くなります。20項目以上ある時は、上記4.4.のように読み合わせを行えばチェック漏れを減らすことができます。

 

6.似ていた

スリップの原因のひとつは、AとBに共通点があることです。
 
同じようなものが並んでいる時、毎回正確に操作するには技術と高い注意力が必要です。例えばオーディオミキサーのスイッチを間違えることなく操作するには高い技術が必要です。
この場合はひとつぐらいスイッチの操作を間違えても、大きな問題にはならないかもしれません。しかし重大な事故につながるようなスイッチがこのように並んでいたら問題です。
 

  • 事例 スリップの原因

例えば、スーパーマーケットの駐車スペースから自動車を出すとき、友達と会話しながら運転していた。そのためバックしないといけないのに、前進の動作で発進した。そして、車をぶつけてしまった。このとき、バックしなければならないということは、頭ではわかっていました。しかし、いつも駐車スペースから車を出すのと同じ操作をしてしまいました。
 
「これは,自分か意図しない行動を行ったため生じたエラーで,認知心理学の分野では,『スリップ(Slip)』と呼ばれています。
 
このスリップは、状況が普段とは異なるのに、いつもと同じ習慣化した行動、つまり自動制御モードを取ってしまったことが原因です。

この例では、駐車スペースからは前進で発進することが多い。そこで行動は習慣化され、無意識に行うようになります。そうすることで、他のことに注意を向けることができます。そのため習熟したベテランは、周りの状況をよく見て行動できます。

一方,行動が画一的になり,前述のように環境が異なるために違う行為が必要でも画一的な行動により、状況の変化に対応できなくなります。
 
対策 外観を異なったものにする
対象物に明確な違いを設ければ、スリップを減らすことができます。下図のようなスイッチは、スリップを防ぎ間違える確率は大幅に減少します。
間違いにくいスイッチ
図11 間違いにくいスイッチ
  

  • 事例 アフォーダンス 適切な行為を自然に誘う仕掛け

人間が動作をする場合、適切な環境を整えれば、適切な動作を促すことができます。J・ギブソンは、その環境について、アフォーダンス(affordance行為を自然に引き出すもの」という概念を提唱しました。

たとえば、腰を下ろす場合、適切な高さに適切な面積の台を設置すれば、腰を下ろすという動作を自然に引き出すことができます。したがって、適切な行為を考えることなく自然に誘うような、アフォーダンスのある環境を用意すれば、エラーが起こらないはずであるとする考えです。
 
一例として、形状コーディングという考え方があります。

どんな行為をさせたいかによって、形を変える方法です。つまり、形によって、適切な行為を引き出させようというものです。

  • ドアを手前に引いて開ける場合は取手を付けます。しかし押して開ける場合は、あえて取手を付けずに押す面だけを付けておきます。
  • オン・オフなどを指し示す場合と、連続的回転の場合では、形は図2に示すようにするのが普通である。
  • 手を入れてつかむところは、丸く開けておく。

しかし、時には、「誤った」行為を引き出す設計をしてしまうこともあります。
特に、芸術的な趣向を優先させてしまうような場合に、そうした設計が起きます。

  • すべりやすくなっているコップ
  • 正方形になっているため、どの方向から入れてよいかわからないカード
  • 水と湯を出すノッブが同じ形態のため、湯で火傷をしてしまう

最近では、某コンビニのコーヒーメーカーが、オリジナルデザインに対し、様々の表示が追加された例があります
 

7.心離れ

心離れは、いま行っている作業以外の事に意識がいってしまい、作業に対する注意力が低下することです。これは良く作業者が「ウッカリしていた、ぼうーっとしていた」という場合です。

 

  • 事例 夕飯の献立が気になる

パート作業者は、帰りの時間が近づくと 心離れが起きる傾向があります。これは買い物や夕飯の献立など終業後の活動が気になってしまうからです。
帰りが近づくと
図12 帰りが近づくと
 

  • 事例 最後の工程に注意

組立作業では、1サイクルの最後の作業で 不良品が発生することが多く、自動車では全体の不良の6割を占めています。

これは最後の作業の段階では、次に流れてくる車種の事が気になり、急いで作業を終わらせようとして「あせり」と「心離れ」が起きるからです。
 
対策 心離れの起きる時に注意を喚起
心離れが起きるタイミングが分かれば、心離れが起きそうな時に注意を喚起して、ミスを減らすことができます。
例えば
「パート社員が終業する30分前に放送を入れて注意を喚起する」
組み立て工程では
「最後の作業の後に、確実にできたか確認して、次の作業に移るように注意書きを掲示する」
などです
 

8.集中力の低下

人が作業に集中できるのは8時間労働の内、2時間までと言われています。従って長時間作業すると、途中で集中力が低下しミスが生じやすくなります。

この集中力の低下は時間帯にも関係します。過去の自動車と列車の運転の事故のデータでは、一日の内で午後と明け方に多いことがわかっています。従って昼勤の昼食の後、夜勤の終業時間近くはミスが生じやすくなります。

集中力が低下し不注意に陥る原因として、どうでもよい別のほうに注意が向けられてしまうケースがあります。
人が最適な状態で仕事をしているときは、100の注意のうち、70くらいを仕事に向け、残りの30くらいが仕事をとりまく周辺に向けています。

この30が、仕事を上から俯瞰して、全体を管理しています。
「次の仕事との関連」
「状況とのミスマッチ」
さらに
「緊急事態が発生していないか」
に気を配っています。
この管理用の注意が大きくなりすぎると、不注意エラーが発生します。これを防ぐために以下の二つの方法があります。

  • 注意を余計なことに向けさせないようにいます。
    視覚や聴覚の余分な情報を遮断します。ただし全く完全に情報を遮断し、
    極度に集中する環境は、逆に集中力の低下を起こすので注意が必要です。
  • 注意を向けさせたいものに注意を引くようにします。
    例えば、大きくする、色を付ける、動かすなどで目立たせることです。

 

  • 事例 あえて面倒をかける

アメリカ大陸横断鉄道では、風景の変化が乏しく運転士が眠くなるため、眠気を防ぐために15秒ごとにボタンを押さないと列車が自動的に減速する装置が備えられています。
多摩都市モノレールでは、列車を発進させるためには二つのボタンを同時に押さなければなりません。

ちょっと知恵を使う作業を付け足すことで集中力の低下を防いでいます。
 

  • 事例 T社のエンジン工場

ある自動車メーカーのエンジン製造ラインでは、2台続けて同じエンジンが流れてくることはありません。実は同じエンジンを続けて流した方が、段取り回数が減り生産効率が高くなります。しかし、あえて1台ずつ異なるエンジンを不規則な順番で流しています。

これは集中力の低下を防ぎ、思い込みのミスを防ぐためです。そして毎回検査仕様書を見て確認しないと検査ができないようになっています。
 
対策 製造ロットを小さくする
容易にできることに製造ロットを小さくして機種切り替えを増やすことがあります。その結果、作業の単調化と注意力の低下を防ぐことができます。

また小ロット化は多品種少量生産への対応や生産の平準化などのメリットもあります。このとき機種切り替えの回数を増やしても生産性が低下しないように、改善活動により切替え時間を短縮します。
他に集中力が途切れそうな時間帯に点検や清掃を入れて、気分をリフレッシュするのも効果的です。
 


次の行動ミス「故意」は以下から入れます。
故意
 
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